合宿免許のこんな印象

Dは被験者を二つのグループに分け、それぞれに「S」という名の楽しいパズルを与えた。
そして、最初のグループには参加費を支払い、二番目のグループには支払わなかった。 その結果、お金をもらわなかったグループのほうが、もらったグループよりも、実験が終わってからもパズルを続けたがる傾向があることがわかったのだ。
そして、参加者たちにこれは競争だと告げた場合、勝った人も負けた人も、実験が終わるとパズルに対する興味をなくす。 これ以上やっても勝敗には関係ないからだ。
Dとその他の研究者がさらに調査を重ねた結果、報酬や罰が動機になって何かをするよりも、行動そのものが動機であるほうが、やりたいという気持ちが強く、しかも長続きすることがわかったのである。 ところが私たちは、この事実を認めようとしない。
報酬があったほうがやる気も大きくなると思い込んでいるのである。 この思い込みは早い段階で身についてしまう。
最近の例をあげてみよう。 アメリカ中西部のある町のお偉方が、子供たちがあまりにも本を読まないことに腹を立て、ついに素晴らしいアイデアを思いついた。
一定期間内に本を10冊以上読んだ子供に、ピザの券をあげるというものだ。 その結果、確かに何人かの子がピザにありついたが、その子たちは、いちばん薄くていちばん簡単な本をきっかり10冊読んだだけだった。
しかもこのやり方は、目に見えない悪影響も及ぼした。 子供たちの読書嫌いをさらに促進してしまったのだ。
XをすればYという報酬を与えるといわれたら、ふつうXよりもYのほうが価値があると考えるだろう。 T・Sがフェンスのペンキ塗りの仕事を友だちにやらせたときに用いたのと同じ論法だ。

用いるというやり方は、学校の得意技だからだ。 たとえば幼稚園では、シールや星や賞状やトロフィーが次から次へと与えられる。
子供たちがご褒美をもらうことを目的にしてしまう危険があるのは明らかだ。 それと同じ理由で、子供にフェルトペンを与えて、このペンを使ったら後でクレヨンをあげますよといえば、子供はクレヨンのほうが価値があると思うのだ。
それを逆にしたら、今度はフェルトペンのほうが価値があると思うだろう。 あの町のお偉方も、ピザを十枚食べたら本を一冊あげるとしたほうが、子供に読書の素晴らしさを教えることに貢献できただろう。
思い通りに人を動かすには報酬が有効であるという考え方は、経営理論の中にも深く根づいていると、報酬システムに詳しい評論家のA・Cはいう。

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